日   時   2012.6.17 (日) 8:30〜

参加 者    日本人 大人 12名、子供 1名  中国人 20名  ベトナム人 2名

賤ヶ岳はリフトを降りてからかなり急坂を登らなければなりませんでしたが、琵琶湖や余呉湖を望む素晴らしい眺望にすっかり疲れも忘れてしまいました。

雨森芳州は、近江国雨森に生まれ、江戸で儒学者木下順庵の門下に入り、順庵の推挙で対馬藩に仕えました。
 36才の時に釜山に渡り、朝鮮の地理・歴史・朝鮮語を学び、初めての日朝会話集「交隣須知」を著した。62才で、ハングル・カタカナを併記した朝鮮語の入門書「全一道人」も著しました。
第8次・第9次の通信使来訪時には、接待役として一行に加わり、将軍に拝謁する世話をしました。
この使節団の申維翰が帰国後に著した『海遊録』の中で芳州の親身な世話ぶりと的確な取りなしなどの活躍の姿が描かれています。
先年、韓国の李明博大統領が来日された折、雨森芳州の功績について触れられて皆さんに知られるようになりました。

前日までの雨もあがり、暑くもなく絶好の天気に恵まれ、歴史探訪を楽しみました。

行   程   雨森芳州庵と雨森地区散策〜余呉湖(昼食)〜リフトで賤ヶ岳山頂
       〜浅井民族資料館(お市の里)見学

雨森芳州庵では、地域のリーダーから朝鮮通信使の歴史や芳州の人となりについて説明を受け、また、
韓国との交流、、花いっぱい運動、100mの鯉のぼり作りや運動会など、雨森地区の素晴らしい自治会活
動について紹介されました。 

東アジア交流ハウス雨森芳州庵は村の人達がお金を出し合って芳州の出身地に作られました。

村内を散策してみると、話のとおり綺麗な町作りがなされ少し羨ましく感じました。

水の流れで芳州さんや鯉がかいを漕いでいました

余呉湖ではレストランを使わず、湖畔でピクニック気分で食べるおにぎりを美味しく頂きました。

浅井歴史民独資料館(お市の里)でもボランティアの方から熱心に、姉川の戦いや小谷城攻防について説
明して頂きました、他の施設では昔の養蚕や農家の様子が紹介されていました。
どこへ行っても地域を盛り上げようと、皆さん頑張っておられる様子に感心させられました。

山頂では賤ヶ岳の戦いについて話を聞きました

琵琶湖をバックにして

余呉湖もバッチリ

展望を楽しみながら賤ヶ岳を後にしました

資料館は、郷土学習館、七りん館、糸姫の館、鍛冶部屋から成っています

早速お市さまのお出迎えです

茶々、初、江3人の子供と共に小谷城での幸せなひと時

小谷城落城、お市は3人の子供を連れてお城を脱出